札幌高等裁判所 昭和31年(ラ)35号 決定 1960年3月24日
抗告人 内山ヨノ(仮名)
相手方 内山民夫(仮名)
主文
原決定を取り消す。
相手方の更正決定申立を却下する。
理由
本件抗告の理由は、別紙記載のとおりである。
原裁判所家事審判官は、本件当事者間の旭川家庭裁判所昭和二八年(家イ)第一一六号遺産分割調停事件について作成された昭和三〇年五月一八日の調停成立調書中「留萠市大字留萠村字ルモイ○○○番地の○、雑種地五畝二五歩。」(以下、本件土地という。)は抗告人に分割されるものとして表示されているが、本件記録中第二二二丁の調停委員会の席上で使用した目録中「土地の部」に記入されている◎印が抗告人の所有とすべきものであるところ、本件土地すなわち同目録「土地の部」中の27ルモイ○○○ノ○、雑種地五畝二五歩には◎印が付されていない、したがつて右土地を調停調書中で抗告人に分割されるものと記載したのは明白な誤謬であるとして相手方の申立(昭和三一年五月二日。)により昭和三一年五月二日、右土地を抗告人に分割される第一目録の分割財産から削除し、相手方に分割される第二目録に記載すると更正決定をした。
家事調停事件の調停成立調書についても民事訴訟法第一九四条が準用されるから、調書に違算、書損じその他これに類する明白な誤謬があるときは裁判所は更正決定をすることができるのであるが、同条項準用による更正決定は、当該調停委員会を組織した家事審判官のみならず、当該裁判所の他の家事審判官もこれをなしうるし、又更正決定をなしうる期限についても制限がないとする限りは、違算、書損じに類する明白な誤謬とは、一件記録により、誰が見ても疑問の余地がないという程度に客観的に明白なものでなければならないと解する。
調停調書そのものは書記官が作成するものであるからとか、調停における当事者の合意は、調停委員会において確認したものであるべきだとかの理由をもつて、家事調停の成立調書は家事審判官単独では更正しえないとする見解もないではないが、右の程度に明白な誤謬のある場合には民事訴訟法第一九四条の準用により、家事審判官単独で更正決定をすることができるものと考える。
よつて記録を検討するに、なるほど、記録第二二二丁の、土地、建物及び動産の目録を納めた封筒の表書には「調停委員会に使用せる遺産目録表」と表示され、右目録表中の「土地の部」と調停成立調書中の抗告人に分割されるものとされた第一目録とを対照すれば、第一目録記載の各土地の表示と、右目録「土地の部」中◎印を付されている各土地の表示とは、本件土地を除きすべて一致するのであるから、右遺産目録表中「土地の部」は調停委員会において使用されたものであること及び「土地の部」中の◎印は抗告人の所有とすべきものの印しであることが窺えないではないけれども、右遺産目録が、果して何時の調停委員会において使用されたものであるか、調停委員会において当事者もしくはその代理人に示されたものであるかは、昭和三〇年五月一八日の調停成立調書はもとより記録中の調停期日調書及び調停事件経過表によるも明らかでなく、本件記録中の本件遺産分割の対象となつた各土地の登記簿謄本と調停成立調書中の抗告人又は相手方の所有とされた第一目録及び第二目録とを対象すると、右土地登記簿謄本に付された赤○印は相手方の所有、青○印は抗告人の所有とするための区分けの印しであることが窺われるところ、本件土地の登記簿謄本(記録一一一丁。)には赤○印が青○印に修正されていること及び昭和二九年六月一四日の調停期日調書によれば、抗告人本人が出頭し、同期日に提出された遺産分割表(記録一九〇丁。)中朱書部分を抗告人に分割するよう要求すると主張したのに対し、相手方は相手方家屋附近一帯及び八の七、八の八(留萠市大字留萠村字留萠原野○線○番地の○、同○番地の○の意味と思われる。)の分割には応じられないが、その他の主張は認めると述べており、右調書の記載と右期日に提出された分割表とを対照すると、本件土地が抗告人に分割されることにつき相手方は異議がなかつたように見えるのであつて、前記記録第二二二丁の遺産目録表のみによつて、直ちに本件調停における当事者の合意の表示(それが当事者の真意であつたか否かはとにかくとして。)と昭和三〇年五月一八日の調停成立調書の記載との間に不一致があり、それは誰が見ても明白な誤謬であるとなすにはなお多分に疑問の余地を残すのである。そして右記録第二二二丁の遺産目録表を除いては、本件調停事件に現われたすべての資料によるも、本件調停において、本件土地は明らかに相手方に分割されるべきものとして当事者の意思が表示されたことを明白にするものがない。
しからば、原裁判所家事審判官が、本件土地につき相手方に分割すべきものを抗告人に分割すべきもののごとく調停調書に記載したのは、明白な誤謬であるとしていちはやく調停調書につき更正決定をしたのは違法と言うほかなく、原決定はこれを取り消すのを相当とする。本件抗告は理由がある。
よつて、民事訴訟法第四一四条、第三八六条に従い主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 石谷三郎 裁判官 渡辺一雄 裁判官 岡成人)
抗告代理人大塚守穂、同大塚重親の抗告理由
一、調停調書の記載に対する更正決定は調書の文詞自体の前後から考えて明白なる誤謬と認められる場合又は従来記録にあらわれていた訴訟資料と対照して、もつてその誤記であることが何人にも明らかに認められる場合に限るものである。
本件は右の場合に該当しないに拘らず、調停成立してから一年も経過した後に突如当事者の一方の申立により他方の意見を全く聞くことなく更正決定をしたもので不当である。
抗告人は昭和三〇年五月一八日調停調書の通り
留萠市大字留萠村字ルモイ○○○番地の一
一、雑種地五畝二五歩を申立人の単独所有とする調停が成立したので昭和三〇年七月二八日に抗告人内山ヨノ名義に所有権取得登記をなし、年をこえて昭和三一年二月二五日大川昌之に売渡し、所有権移転登記をなしたのである。
ところがその調停成立の一年後に更正決定をなされ、その更正は数十万円の価値ある不動産について申立人の所有権を奪い、これを相手方に所有せしめるという極端な変更であつて抗告人の当惑甚しきものがある。調停調書の明白な誤謬は直ちに発見し得るものであり、一年も放任して置く明白な誤謬はあるはずがない。
しかも本件は調停調書を当然のものとして受取り充分の時間的余裕をもつて第三者に転売して代金も受取り登記した後の更正決定で、その結果は重大である。
二、問題となつている土地は一件記録でわかるように、抗告人において終始一貫して抗告人の所有とするように遺産分割を主張しているもので、調書自体の文詞の前後より推究しても調書の記載の明白な誤記と認めることはできない。
記録には大型の図面用紙に遺産の一覧表が綴込まれていて、これは調停の席上使用した目録で、その◎印は申立人内山ヨノの所有とし、それ以外は相手方内山民夫とすべきものとの原審審判官の意見書があるが、この表は従来調停進行中には当事者に公表せられなかつた表であるから、当事者が合意の上で附した符号ではなく「従来あらわれた資料」ではない。◎印と言つても単なる鉛筆書であつて、確定的な意味を与えた記載とも言い難い符号で、この目録には◎の外摘要欄に○印も多数附せられており、×印もあり∨印もあり、これ等多数の符号に如何なる意味が含まれているかは記載本人以外はうかがい知ることの出来ないもので、結局符号の意味は明示されておらず、◎印は符号を附した人の主観的意味はあるにしても、客観的に訴訟関係人に適用する明白な資料としての意味をもたせることはできない。
三、以上の次第で更正決定は不当であるからその取消を求める。